小鹿田の唐臼

7月の九州北部豪雨により、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。

今回の豪雨では、moyaisでも取り扱っている小鹿田焼の窯元にも大きな被害が出ています。ニュースでも報じられているように、小鹿田の窯元10軒がそれぞれがもっている唐臼(からうす)約40基のうち、6基の杵が流失し、残りの多くの唐臼も、流木で壊れたり土砂が流れこんでしまったりして、使うことができない状態にあるそうです。

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川の流れを利用した「ししおどし」の原理で、原料となる土を木製の杵(きね)で砕く唐臼。日田の皿山では300年以上前から地元の山の土を採掘し、この唐臼で土を砕いて大切に使ってきました。

はじめて皿山を訪ね、唐臼が土を砕く音を聴き、絶え間なく働く姿を目にしたとき、本当に感動しました。「この風景を未来に残したい」と強く感じましたが、小鹿田焼を代表する作り手である坂本浩二さんが「唐臼を修理できる大工がひとりしかいないので今後が心配だ」と話していたのを聞き、後継者問題だけではなく手仕事を取り巻く環境には様々な問題が存在することを意識しました。

被害があったからといって唐臼をなくして電動の機械で土を砕いたり、採掘場をコンクリートで固めてしまうことは簡単かもしれませんが、それでは景観が失われ、何百年も続いてきた伝統は途切れてしまいます。伝統を受け継ぎ、繋いでいくためには人と人との協力、人と自然との共存、そして人の知恵が必要とされます。

先日坂本浩二さんと電話でお話しした際、「まだどうなるか分からないが、何人か大工に来てもらって唐臼の修理を教わってもらい、今後に備えられるようにしていけたらいいなと思っている」とおっしゃっていました。

小鹿田には協同組合があり、ことあるごとに皆で話し合いながら進むべき道を決めてきました。器を外で乾燥させている日に雨雲が見えると、気付いた人が周囲の窯元に走っていって伝えるそうです。当たり前のように聞こえますが、現代ではそういった光景がなかなか見られなくなりました。そのような共助の精神が、一人だけが目立つようなことのない「無銘の美しさ」を生んできました。

新しく変わっていくことが当然の世の中ですが、小鹿田焼は自然の力を借り、変わらぬ方法を用いることで生き残る道を選んでいる稀有な存在です。

今後小鹿田焼がどのように、どういった方向に復興していくかは、手仕事を未来に残すためだけではなく、現代の私たちの生き方にとっても重要なヒントになるのではないかと思います。

今後も小鹿田の方と時々連絡を取って様子を伺い、出来れば現地を訪ね、手仕事の抱える問題や小鹿田の皆さんの奮闘をお伝えしていきたいと思います。

小鹿田焼復興事業のページ

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