富山への旅 -わたなべ木工芸-

富山市・八尾から車で約1時間のところにある南砺市福光は、日本を代表する版画家・棟方志功が戦時中に疎開していたことで知られています。その福光で70年続く漆器店「わたなべ木工芸」を訪ねました。

庄川挽物木地(しょうがわひきものきじ)は富山県広域で作られている工芸品。素朴ながらも美しい木を活かした伝統的な工芸品として、1978年には国の伝統工芸品にも指定されました。古来より木材の集積地として栄えた庄川町(現在の砺波市)で挽物木地の生産が始まったのは幕末の頃とされています。明治から大正にかけての需要拡大とともに機械化がすすみ、生産量も増大。しかし1950年代になると一転、プラスチック製品の台頭により、大不況に陥ってしまいました。そのような中で渡辺さんは若い頃に漆の技術を、また轆轤を使う挽物に加えルーターによる加工技術を習得。分業が当たり前の木工において、原木選びから漆塗りまで一貫製作し、苦境を乗り越えてきました。現在も息子の博之さんとともに暮らしに合ったさまざまな木工品を製作しています。

moyaisでは、もやい工藝初代オーナー故・久野恵一さんがわたなべさんに製作依頼したパン皿とパン切り台、お箸を注文しています。

手挽きに使う道具の一部。とても重かったです。

日本人は太古の昔から木を削って何かを作ってきました。古墳時代の出土品や正倉院の宝物には、斧、錐、手斧 (ちょうな) 、槌、横挽き鋸、のみ、槍鉋 (やりがんな)などが含まれていることからも分かります。森から切り出した木材を削ることに祈りも込めていたことでしょう。木像、道具、器、家。人々が生きていくために必要なたくさんのものを森の木からいただいていました。

地元・富山の木材や古材を使い、ひとつひとつ手で無駄なく削っていく。どこから来たかも分からない海外で伐採された木材や家具が多く使われる世の中で、顔の見える木工品を作り続けることは本当に素晴らしいな、と思います。日本人が日本の木材を使うことで、森にかかわる人も増えていきます。森を手入れし、木材を活用することが美しい川や海にもつながっています。江戸時代から続く伝統を未来につなげるためにも、つなぎ手として、使い手として頑張らなければと身が引き締まる旅でした。

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